パースに住んでる日本人
「パースには何人くらいの日本人が住んでいるのでしょうね?」 これは日本からきた
お客様からよく訊かれる質問の一つです.正確な数字は、多分領事館でも掴んでない
でしょう.企業の海外戦士としてパースに駐在している方、退職後に日本とパースとに
交互に住んでおられる方、オーストラリア人の夫や妻と一緒に住んでいる方、 そして
ワーホリや学生さんたち、日本の社会から弾き飛ばされた私のようなはぐれ豚など、
皆さん、いろいろな理由や成り行きで当地に住んでると思います.
ある人は1500人ぐらいじゃないのとか、いやいや2000人は越えてますとか、皆さん
意見が分かれてますね.誰か正確な数字を調べてくれる奇特な人がいるとよいのですが.
パースにも他の外国同様、公式の日本人コミュニティーが有ります.又どこの日本人
コミュニティーにもある派閥や差別意識、内紛もあります.パース日本人会は、大企業の
パース支店などに勤めている方たちが主メンバーで、歴史も古くパースに在住する日本
人ソサエティを代表する組織といえるでしょう.
歴代の総領事を名誉会長とし、大企業の支店長やその奥様達が仕切っている、私みたい
なヤクザ者には敷居の高い高級倶楽部です.腰を据えてこの国に住み着こうという人達と、
2−3年で日本に帰ることの決まっている人達とは、当地に住む姿勢、過ごし方が若干
違ってくるのは仕方ない事です.
私の娘がパース日本人学校にお世話になっていた時、入学できる生徒の定員について、
企業関係の父兄と、こちらに永住している父兄との間で一揉めありました.
この年に学校が予定していた人数枠を超えて、多くの入学希望者があったのです.日本
人学校は、もともと企業の子弟が日本に帰ったときに、受験戦争に乗り遅れることのない
よう設立されたのだから、現地に住む永住者の子弟より入学に関しては優先権がある.と
いうエゴ剥き出しの論理で、ある企業の方が自己主張したわけです.
まあ、自分の子供の大事な将来に関することですから、その言い分もわからないことも
ないのですが、これが永住者の親達から猛反発を食らったわけです.PTAの会長はこの
騒動で辞任してしまいました.その後に就任したのが他でもないこの私だったのです.
大きく揉めると思ったこの事件も、この新会長のやくざ的風貌と、実務に長けた副会長の
調整で、その後大きな波乱も無く、いつの間にか終焉に至りました.逆に翌年は生徒数が
激減してしまい、新規入学の生徒を大募集するする羽目になってしまいました.
企業中心の日本人会に反発して出来たわけではないのでしょうが、永住者中心の
西豪州日本クラブという団体もあります.メンバーは当然のことながら中年、老年の方たち
が多く、リタイアメント仲良し倶楽部といった感じです.この会の発足時にも、つまらない事
が原因で、会長派、非会長派に会員が分かれて内部闘争がありました.私はどちらの
サイドにも付く気がなかったので即退会しました.会長の仕事はいろいろな意見を持った
方々の調整役で、決して名誉職でもなく、かえって労多くして報われることのない苦労職
と言っても良いと思います.それを勘違いして自ら立候補する方も居るのですから、奇特と
言おうか、偽○と言おうか、人それぞれだな〜と思います.
パースには、このような会に所属していなくても、私が個人的に親しくお付き合いして
いる日本人の方は、何人もいらっしゃいます.
こんな田舎に来て肩の凝るような日本人社会のお付き合いをする必要もないですしね.
今後も荒野の一匹豚で気楽に暮らしていくつもりでおります.
2001/01/26