私のボランティア NO93   広瀬寿武
(長い休暇の結果)その1

6週間も休むとボランティアに出掛けるのが、本当におっくうになってしまう。

久し振りの日本では毎日が忙しく、6週間なんか、あっと言う間に過ぎてしまった。
息子の結婚式と共に生まれた、新しい家族親戚との親しみ合い。
それに、デパ地下、スーパーの食品売り場、すしにラーメン、目移りがして、毎日何処かに出かけ、友の誘いには二つ返事で遊びまわり、楽しさの余韻が居眠りの夢にまで出てくるので、「明日はボランティアか」と溜め息。
帰る日にちを知らせてあるのでスケジュールが組まれている。サボルのも気が引ける。

ブラインドゴルフ、留守中のキャディを頼んで「後はお願いします」と出かけ、日本での楽しさに「Mのこと」は全く気にならなかった。
そんな気楽な思いの私のボランティアだが、7週間ぶりにMに会って「トシ、今年でゴルフを止めようと思う」と言われ、能天気だった私のボランティアが冷たくなった。
詳しく内容は分からないが「テンポラリーのキャディと上手く呼吸が合わず、気分が悪かったらしい」
Mは全くの盲目であり、方耳難聴の上に少し脳傷害もあり、理解する努力をしないと、キャディにはわがままに感じる。
これは双方に関わる事で、誰が悪いという事は出来ないが、プレイヤーとキャディとは常に心の繋がりが重要な要素になる。特に盲人の頭の中を想像できない健常者とっては、結構、重い負担になる。
毎週毎週、当たり前の様に接し、文句をたらたら言いながらも、Mとは互いに見えないところで気遣いをしていたのだと、認識させられた状況。
来年3月までブラインドゴルフは休みに入るので、Mの家で時間を掛けて気を解そうと、夜中にふと目を覚まし、深夜の対策方法。良い知恵が浮かぶはずも無い。遊び呆けた無責任なボランティアは大変な迷惑を掛けてしまった。
それに加え年齢が増し、白髪頭になると、気力も退化していく。長い休み明けでは、簡単にボランティアに対して情熱が湧き上がってこない。そんなこんなの間にクリスマスの諸行事に狩り出され、O’Cでもてんてこ舞い。
                         
つづく

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