私のボランティアNO69       広瀬寿武
(理解し、理解される)

June O’Connor centre(inc){JO’C}は精神障害者のサポートを目的とする団体として活動しています。勿論、non-governmentでのサービスですが、病院、WAの(健康)保健省、各市の行政府、多くの企業、善意の人々等の協力で運営がなされています。
WAではJO’Cの活動はよく知られ、高く評価されて居ますが、開所当時から数年間の運営面、特に経済的な面で大変な苦労が有ったと、しわが深く刻まれた顔に笑顔を絶やさないMrs June O’Connorさん(90歳に近い)が私に時折、明るく話してくれる。
私有財産をセンターの運営に注ぎ込み、今、なお、ボロ車を縦横に走らせ、寄付の協力を頼むエネルギーは衰えていない。
私がここでボランティアを始めた(8年以上前になるのかな?)当初、SubiacoとFremantleのセンターだけで、メンバー(障害者)も8百人足らずだったが、2007年8月現在、JoondalupとRockighamが増え、他に数箇所計画中。メンバーも2千人を越え、保健省からも期待され、センターに於けるサポート企画も多義に渡り、大きく様変わりしてきた。メンバーが増えたのか、潜在的メンバーが居たのか分からないが、8年足らずで精神障害と診断を受けた人が倍以上になったのかと思うと、やり切れない思いがする。
政府も障害者保護資金の増加に苦慮している現状、益々、JO’Cの役割が増し、負担も増す。
だが、限られた予算の中で、スタッフの人数は大きく変わらないし、メンバーが増えたとは言え、生活保護支給金を収入源としている彼等に負担を強いる訳にはいかないし、その事自体、不可能なのだ。
資金難でMrs O’Connorさんのエネルギーをまだまだ必要な日々が続いている。
ここでの長い年月のボランティア経験を生かし、週一日でも私が働けばMrs O’Cさんの助けになるかとの思いで、続けている私のボランティア。
理由はそれだけではない。
ボランティアをする人が来ない、来ても2~3週間(2~3回)で辞めてしまう。その気持ちが解らない訳ではない。精神障害者、精神病患者と言うイメージは簡単に理解されないのが現状だから。理解しない人に苦情を言う訳ではない。
世間一般はそう言うものだと理解している。そこには理解をしてもらう努力が足りないと言う条件が存在するのも事実。
ボランティアをしようと思ったら五万と有り、わざわざ、印象の悪い所を選ぶ気持ちにはならないのは当然かもしれない。
誰か代わりの人が来たら辞めようと思っても、そのタイミングがなかなかやってこないのが私のストレス。
ここの活動内容の目的を大別すると
1) 障害者の生活全般の自立をサポートする。
この内容は障害者一人一人の状況によって違い、多義にわたる。
法律、家庭、経済(金銭的な援助はしない)、就職、健康、等々の相談。
その複雑な相談に取り組みサポートするスタッフの姿、態度には敬服する。
「自立の手助けは自主性を第一義にしてはいるが、障害者の事情に触れると理屈、規定で処理できない事が多過ぎる。それが病気を持つ人との対話なのだ」

2) 障害者に対する世間の理解を得る。
オーストラリアは日本より障害者に対する理解度は遥かに高いと、私はここでボランティアを始めた当初より感じていたが、それは日本の現状と比べての事。JO’C又は、これら障害者に関わる人、団体ではまだまだ理解度が低いと言う。この部分に私のボランティアの関わりがある。
毎週、午前中に朝食、昼食、障害者の病状の程度に応じて一日を安心して馴染むように対応する活動。
その後出来るだけ健常者が平時行う、人の集まる所に連れて行く。
お茶を飲みに人の集まるカフェに、ロットネスに、ロイヤルショウに、リバークルージングに、ビーチの散歩に、映画を見に、各種展覧会に、ボーリングに、ゴルフに、ファーストフードでの食事に、遊園地に、動物園にと、船で鯨を見に、ジェンダコッドで軽飛行機に乗りに、まだまだ切が無いほど人中で遊んだが、これが、ただの遊びではないのだ。
全く自然に人中に存在して、彼等を見、目に触れる雑踏の中の人々も、全く自然に障害者の存在を意識する。
ここから社会と障害者との隔たり(差別、偏見等)を縮小し、理解してもらう努力する。
当初、絵の展覧会に連れて行っても、まともに見るメンバーは少なく、他の人に迷惑を掛けているようで、はらはらしながら、人間性に貧困な私には恥ずかしさすらあった。公園、遊園地、動物園等々においても同じ事。
子供が牛乳パックを抱えているのを見たメンバー(女)「トシ、コーヒーが飲みたい」と公園散歩中に泣かれ、私が苛めている様に、ジロジロ見られ逃げたくなった経験は、今思えば貴重な体験だ。
ボランティアに直接携わっている私の中に、限りなく恥ずかしさがあったのは何か?
意味の無い、自分でも説明のつかない差別、偏見が「恥ずかしい」感情に変化したと認識する。だが、2年、3年、メンバーと共に時間を共有するうちに「恥ずかしい」なんて何処かへすっ飛んでいった。これが重要なのだ。
メンバーの姿を見る、触れる、感じる、言わば世の中にメンバーの存在をアッピールする行動は、双方での理解が進み浸透して行くのに役立つ。
そう、これが私のボランティア。


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