私のボランティアNO47
(20セントコインの誠意)
その2
サングラスの縁から笑みを返して行った、ナイスガイ.バケツの底にこ
びり付いた20セントコイン4枚を、指先で突いてみる.丸い底を反転しながら転
がる.その時はナイスガイがドネ−ションした気持ちを推し量り、自分の
嬉しさと重ね合せる余裕が有った.だが、それから20分、ぼつぼつ踊っ
た声と共に人は通り過ぎるが、バケツの中は変わらず.
S嬢も退屈そうに、のんびり煙草の煙を追っている.
さっきまで有った感情の余裕が、少しずつ焦りに変化して落ち着かない私
にS嬢が「もうすぐ人が押しかけて来るから心配いらないよ.それに私達
はボランティアなんだから、そんなにシリアスに考えなくても良いのよ」
と笑い掛ける.
「そうなんだが・・・、ABWAの期待も有るし!」
私とS嬢の間に、と言うか、日本人である私の年代の脳味噌とオ−ジ−の
S嬢の気楽さに距離感を覚えた.これは善し悪しの問題では無い.
融通、余裕、人生観、責任感、生活環境等、様々な違いが原因しているの
だから、仕方が無い事なのだろう.とは言え現実にバケツの中が空同然で
は落ち着かない.(種銭に50セントを一枚入れて置いた)
腹も減り喉も乾いたが、もし私の動いた、その間に寄付をしてくれる人が
来るかも知れないと思うと、昼飯と飲み物代の為の$10札一枚がポッケ
トの中で温まったままで居る.
私の立つゲイトは線路側、電車が着く度に人が湧き始め、駐車場の方向か
らも列が繋がる影が見え始めた.立ち上がったS嬢がバケツを抱え、人の
波に向かって構える姿を見て、私も彼女と距離を取って反対方向に構えた.
鼓動の響きが足の先まで伝わり、内から武者震いと、不安と、ほんの一寸
の恥ずかしさなのか、自分でも理解できない複雑な蠢きが騒ぎ出した.
想像もしていなかった背筋を走る擽ったさ.
人の気を引く為にバケツを少しだけ揺するが、気づかぬ様に素通りしてし
まう.
「駄目だよ、人の目の前に、大げさに突き出さないと!」
「嫌だよ、そんな事、出来るかよ!」
「声を出せ!大きい声で、お願いしろよ!」
「格好付けのボランティアなのか!」
「視覚障害者のことを思ってのボランティアなのか!」
心の葛藤が私の偽物の気持ちを責め、煽て、命令する.
「ほら、早く腹を決めないと、みんな通り過ぎてしまうぞ!」
「そうなのだ!声を出して、アッピ−ルしないと」と、そんな事は分かる
のだが.
「偽物が声を張り上げても、見破られる.寄付をしてくれる人の真心には、
真心を込めて答えろ!」「真心を込めてアッピ−ルしてみろ!」
「分かった、でも、真心って、何だ!」「理屈を言う前に、やってみろ」
バケツの中でコインが何枚か跳ね返った、その瞬間、咄嗟に大きな声が出
て家族連れの婦人の目と合った.回りの人も、そして、近づく人達とも目
が交差すると、コインがバケツに入る.
「有り難う」「有り難う」「有り難う」私の何処に潜んでいたのか、この
純真な叫び.有り難い熱さが心身から湧いてくる.
何時の間にか「盲導犬のために・・・!」その声には偽物が入る余地は無
い程、自然に真意が滲む.人の並みを縫いながら、人々の目を見ながら、
有り難い感動をそのまま表現してしまう.
理屈で「真心」を考えた馬鹿さ加減.
寄付をしてくれた人の心と受けた私の心が、全く自然に融合して互いが通
じ合う.
人々の誠意に私の心が反応して、感謝と嬉しさが心の底を表現する.
益々声が熱を帯びる.共に身体も熱さを増す.
「何故、こんなに一生懸命に熱中するのか」と考える事が出来るほど、
私自身の人間性が完成されてはいない.
単純馬鹿だからこそ、単純に感動し嬉しくて、その心を声の音色で表現出
来るのかもしれない.
小銭入れを逆さに振って全部入れてくれる人、$20札を、母親から渡さ
れた20セント数枚握った子供、お婆さんがゆっくり財布の中を確認して$2
と$1を一枚ずず入れてくれた.全く自然に手が出て、小さな子供の手を
握り、バケツを置いてお婆さんの手を両手で握る.どのくらいの人の手の
熱さが私に伝わって来たのだろう.
ただただ、人々の誠意に酔い感動で溢れた私の全身.
ボランティアをやっているなんて感覚も、しゃかりきに寄付を集め様うな
んて思いも全く無くなっていた.
人の、人々の心は余りにも優しくて、何時しか私を無心の空間に導いてく
れた.それはバケツの重さに象徴され、大多数が20セントコインで溢れた重量
で抱える腕が辛くなる.近くの集計場で私のナンバ−の袋に入れ、おっと
り刀で舞い戻る.試合開始まで後一時間も無い.ド−ムからは煽り立てる
祭り気分の声が一段と高まり、共に歓声が上がる.
それに釣られ人々の足も早まり、私の声も耳に入らず、目と目の交差も少
しずつ減って、バケツも重くならない.
「強烈なファン達の思いはゲ−ムへの期待で、早く会場の一員になりたい」
「私達の行為なんて、うんさ臭く見えるのかもしれない」
そんな事がふと頭を過ったのは?!?
街頭や人混みの中に立ち、寄付を募っているボランティアを見かける事が
時々有った.気に掛けない所か、分けもなくうんさ臭く感じた私の非人間
的な経験.「元々私ってこんな人間なんだ」と我が身を良く知っているの
に、今日のバケツの重さで自分自身を恥じることすら忘れてしまう、馬鹿
な人間性は死ぬまで直らない.
ゲ−ム開始.集計場でバケツを空にしてド−ムの一人となり、歓声と怒号、
ヤジ、ため息の中で私の心は、ド−ムを突き抜け天まで届く様な声が優し
く思い遣りの有る叫びに感じた.
「あの声を、叫んでいる人達がバケツを満たしてくれた」歓声の揺れの中
で胸が熱くなり目が潤むのをそっと隠した.
ゲ−ムの行方はどうなったのか分からぬ内にハ−フタイム.
You will be collecting in blocks 218の指示に従い、狭い通路に立った.
トイレに急ぐ人、売店に並ぶ人、ぶつかるのをやっと避け、私の前を通り
過ぎる.言ってみれば邪魔な存在.
「こんな所に留まっていると邪魔だ」と怒鳴られそうで気が引ける.すぐ
隣でビ−ルを片手に声高に試合の批評に熱が入る.私のバケツなんか目に
も入らない.バケツを揺するどころか声も出ないで、ただ、困惑気味な私
の気持ちをどうすべきか、それすら分からず、呆然と立ちつくすだけ.
当たり前だがバケツは空のまま.時間だけが長く感じて居たたまれない.
それでも我慢したんだよ!
あと五分で試合開始、人影がいっぺんに通路から消えた.空のバケツに心
が寂しくなって席に戻る気がしない.
ジャンバ−にジ−ンズのガイが私を気の毒に思ったのか?
「これしか無いが」と20セントコイン二枚を入れてくれた.
精気が臍を強く突いて生き返った現金な私.
「十分です.有り難う」階段を上がる彼に「有り難う」を.と、また一人、
ブル−のマフラ−にサングラスの彼がポケットを探り、$5札と20セントを
掌に戸惑った一瞬の動作.
その両方がバケツの中に入った.この微妙な間合いの瞬間に私と彼の心の
触れ合いを生んだ.
「20セントだけで十分だよ、有り難う」
動作で拒む彼に$5を返した.彼の誠意と、ふと感じた私の情感の融合.
理屈はどう有れ私の情が、そうしたくなった.
ビ−ルとチップスを買って戻って来た彼「おつりが有ったから」$20セント
と10セント一枚ずつを照れくさそうに入れる.
「OK、有り難う」席の入り口に消える前に、何故か振り返った彼.
きっと彼は振り返るだろうと思って彼を追っていた私の心と、もう一度会
話を交わした.私と彼にしか分からない互いの思い遣り.
休憩時間に集まったコインは四枚.だが、このコインの重さは先に集めた
お金の重さに負けない重さが有る.
はにかみながら受け取った$5、照れながら残ったお釣りを入れに来た彼.
沢山の心のドラマで埋め尽くされた私のボランティア.
この日は夕食パ−ティが我が家で有るため妻の代わりに娘が迎えに来た.
「お父さん、どうだった」
「うん、沢山の人が協力してくれて有り難かった」
「来年は私もボランティアに参加するよ」娘の思い遣り.
私は内心、妻一人に支度をさせ忙しい思いをさせ、負担を感じていたが、
「お帰りなさい!どうだった.一日中立っていて疲れたでしょう」
すでに酒盛りが始まり浮かれた塊の上を、妻の声が飛び越えて来た.
「優しい人が一杯いて、沢山の寄付が集まったよ.お前も一人で大変だっ
たね」人々の心根に感動した私の気持ちが、妻にも優しく対応する.
20セントの熱い誠意から受けたボランティアの興奮を、酒盛りのつまみにす
るのは抵抗が有る.奢りではない.そんな事をしたら、今日の一日が消え
てしまいそうな気がして惜しい.
妻にだけは後で、噛み締めて話そう.
深く深く印象に残った「20セントコインの嬉しい重さ」を.
ABWA Assosiation for the Blind of WA
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