私のボランティア NO32
(ほんの少しの優しさ) 広瀬寿武
猫のプ−が交通事故で16年の生涯を閉じた.隣の猫だったがアメリカ
へ引っ越しするバイオリニストに「もらってくれ」と、名前も「ひろせ
プ−」となり我が家で14年.娘の首に被さって寝るので「襟巻き猫」と
仇名が付いた.プ−は無類のフレンドリ−、我が家にほぼ同時に来たコリ
−犬の「ランス」とよく遊び、時には「俺様も犬だ」と言わんばかりに威
張っている様子は、オ−ストラリア生活に慣れない子供達を大いに和ませ
我が家の大切な家族になった.
プ−にはもう一つ変わった習性が有って、これが彼の命取りなるとは、悲
しくて遣り切れない.
朝夕のランスの散歩にじゃれながら先に後になり着いて来る.散歩の時間
帯は犬の散歩ラッシュ.犬を犬と思わないプ−も何度か危険な目に会った
のだが、懲りずに着いて来る.一時間近い散歩にプ−の我ままに付き合う
のは私にとっても大きな負担.家の中に閉じ込めこっそり散歩に出て行く
毎日.閉め忘れた隙間から抜け出したのか、何時の間にか散歩コ−スを先
回りして待っている事もしばしば.プ−と家族の知恵比べは大方我らに軍
配が上がっていたが、数年が過ぎ狡さが増したプ−も中々の強敵に成長.
大体、猫の性格は気儘で狡く、人間がご機嫌を伺う様に仕向け媚びる.
「こん畜生!」と思うのだが何処か憎めない.知ってか知らずかここに付
け込む.
この憎体らしい可愛らしさの魅力は女の性に似た感じがする.女性から苦
言雑言を受ける事を覚悟だが、お手柔らかにと願う.
その頃になるとプ−のトイレは外の何処かへ出かけるため、網戸を爪でガ
リガリしながら、外へ出せと煩く泣く.真夜中の眠い盛りにも起こされる
ので、外に出してから寝る.朝起きると何処にも見当たらないのを幸いと、
犬と散歩.何処からともなくプ−の出現.捕まえ家に閉じ込める.爪を立
て喚くのに負け、散歩に出て20分も過ぎたのだから良いだろうと戸を明
ける.地を這う様に尻尾を下げ、遙か向こうから一目散に走って来る姿を
見て最早お手上げ.「お前、そんなに散歩がしたいのか」
以後、プ−の気儘に任せた犬と猫と私の珍道中は話題になり、ロ−カル紙
に写真入りで記載され、プ−の都合で姿を見せない時は「プ−はどうした」
と声が掛かる.だが7年前、leashをしていなかったド−ベルマンに噛まれ
片目、片顎の瀕死の重症を受け、約一カ月の入院の末、生還.その恐怖心
も2年と持たず、またまたの珍道中.家族は心配で閉じ込めると、それを
嫌って餌の時しか帰って来ない.だが必ず散歩には姿を見せる.私も家族
も散歩のコ−スも変え最善の気の使いよう.もっとも最近はランスも15
年の老犬、プ−も老猫.散歩も近場の比較的安全地帯.
事故当日、O’Cのボランティア.八時半集合アウトアクティブティ−
時折そうだが当日もプ−は木陰で休み呼んでも来ない。そのうち帰るだろ
うとそのままにして、時間が気になり家に戻った.
3時ボランティアから戻ってもプ−の事は忘れていた.
「お宅の猫が動けず道端にうずくまっていたので、ベッツに連れていった」
突然の電話.プ−の首には電話番号を書いたプレ−トを着けて有ったので
親切な人が電話をくれたが、背筋が硬直して暫く脳に真意が伝達しなかった.ぷー
ベッツで.
タオルに横たわり朦朧としているプ−.痛み止めのモルヒネが効いている
いるうちは良いが、覚めた時は苦しむとドクタ−.奉公中の妻には言えず、
仕事中の娘に連絡.待つ間、娘の気持ち、妻の悲しむ顔、プ−の苦しさが
頭の中で勝手に火花を散らし収拾が付かなくなって、途端に後悔の念だけ
が浮き上がった.
「あの時、連れて帰ってくれば良かった.どうして、どうして、ほんの少
しの優しさを持てなかったのだろうか.プ−ちゃん帰ろうと抱いて来る、
ほんの少しの優しさが無かったのだろか」
「助からない」ドクタ−の重い一言.
妻と娘と私の手がプーの頭撫ぜてプットダウンの瞬間、息を引き取る瞬間
までプ−の温かさを吸収していた.
「何と優しい温もりだろう.私の優しさとは一体何だったのだろう.私に
は本当に優しい心が有るのだろうか」
ボランティア行為は毎週毎週、続いているが何の脳の無い私が持てるのは
優しさだけ.それが本物ではない、偽物の優しさだとしたら.偽善的行為?
O’Cのメンバ−の顔が、Mercyの老人達の顔が、CFのガン患者の
顔が、Blindのメンバ−の顔が、そして目、目、目.
優しさとは頭の中で考えて形作るものなのか?
私のどのボランティアの最中でも、優しさを頭で考えながら過ごす事なんか
無かった様に思う.そんな余裕は無いと言った方が良いのかも知れない.
O’Cのメンバ−が何を求め、どうしたいのか、共にどう理解し楽しみ、
私に何が出来るか、体が動き、心を熱くするだけで精一杯.
Mercyの車椅子を押しながら、老人の我儘で微妙な気持ちを察し共に遊 び
心を満たす様に気を使うのが精一杯.
CFのガン患者の精神的、肉体的苦悩(私の未知の苦悩)を理解する難し
さ.口先だけの慰めは無用.私のキャラクタ−で素直に泣き笑い、話なが
ら安らぎを探すのに精一杯.ドライバ−の時は無事に無事にと思うだけで
精一杯.
Blindケア−(自信が無かったのと、他のボランティアの日と重なるのと、
受けると週四日のボランティアはオ−バ−ワ−ク)を断っていたが、再三
電話とメ−ルで呼び出され、断れず受けてしまい、妻から馬鹿と言われな
がらの毎週.自信が無かった.今でも無い.
私が生きて経験した中で難しく、考え深く、常に頭から離れない苦悩、そ
して挑戦しても余り有る事の一つだ.それだけに全神経と無能の脳味噌を
集中させる事に精一杯.
優しさを、優しさをと意識する余裕は無いが、精一杯が私のボランティア.
仏壇にプ−ちゃんの位牌と骨灰が有り、毎朝プ−ちゃんプ−ちゃんと触れ
る.あの優しい温もりが蘇る.
ほんの少しの優しさを思い感じさせてくれたプ−.
「ありがとう」
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