漫筆 「私のボランティア」 NO31
  (何となく挑戦.私の世の中音痴)  広瀬寿武

 この歳で二月の短さを肌で感じるなんて.大学受験日に圧迫された若き
日の心拍を思い出す.だがそれは焦りではなく愉快な満足.一日が、一週
間が、一月がもっともっと大きく膨らんでいたらと言う欲張り.
そう、年齢と共に欲張りが「時の流れ」を敏感に感じ強欲さを倍増する.
 日本で就職した息子が一年振りで二週間の休暇を取り、会社の同僚(男
と女)二人を連れて里帰り.我が家ではメ−ルが来たその日から、特に妻
が三週間も前から変な計画を立て、はしゃぎまわる雑然とした日々に追い
捲られ、来てからはそれに輪を掛け、いやはや、娘も私もてんやわんやの
時の流れを持て余し、あっと言う間に駆け抜けた一カ月.
それでも私のボランティアは.
O’Cのスタッフが四週間の休暇を取る、と先を越され「その間、トシ、
休まないでくれよ」
O’Cはどの支所でも、ぎりぎりのスッタフで毎日を乗り切っている.
資金的に余裕のない上、精神障害者のサポ−トは日々予想外の事が起こり、
予算オ−バ−で、赤字財政.オ−ナ−の苦労は私の様な能天気な者にも痛
いほど解かる.何時、ぶっ壊れてもいいような車に乗り、エアコンが無い
ため汗たらたらで来る姿には、頭が下がる.
「こんなにもして、苦労をして、私財を投げ出し貧乏してまで、どうして
こんな事をやっているのか」何度思った事か.
お金でなければ名誉、名声か.私は五年の間ボランティアとして関わって
いるが、Mrs O’Connorさんの思いの中には名声名誉なんか、
全く無い.形振り構わず、心底、人の為に尽くす心情の純粋さに私も妻も
感動を受けている.
何の代償も期待せず慈善行為を続ける彼女を、尊敬の念を越えて女神の様
に思える.
私は、私はと.対して慈善に並ぶどころか、偽善と言う言葉の方が似合う.
私の様な頓知気野郎が慈善なんてとんでもない.そう思っているから私の
ボランティアは意外と気楽なのかも知れない.
私がサポ−トする純粋な心を持つ人達は、私の偽善を見抜いているだろう.
実際のところ、私自身、偽善と慈善を意識し作為的にボランティア行為を
出来るほど、賢くもなければ器用でもない.
ただ、心身共に感じている事は、関わっているどのボランティアにも違和
感を覚えない.誰かが「それは鈍感で馬鹿だから」と言うが、そうだとし
ても、裸の私が楽しく没頭出来る方が相手に安らぎを与えられるのではな
いかと、勝手に思っている.
「本当の事を言うと私のボランティアは、そんなもんなんですよ」

九時前から集まって来るO’Cのメンバ−(精神障害者).
差別偏見のない社会、理想と現実との間には埋め尽くせない隔たりが有り、
私の心の中にも当たり前の様に差別偏見が威張りくさっている.
この自然な人間環境の中で、メンバ−達は敏感に痛さを感じ居場所を探し
て、O’Cに集まって来る.
彼等にとって「居場所」とは何か. 
朝食(無料)を食べ昼食をオ−ダ−する(2$.O’Cは大赤字)便利さ.
CDを、VD、TVを、ピアノ、ドラムを適当に楽しむ、プ−ルゲ−ム、
トランプ等をする彼等が安心出来る仲間がいる場所.
そして一番は彼等の心の言葉を聞いてくれる仲間がいる場所.
小数のスタッフは忙しく専念して耳を傾ける時間は無いが、心は常に彼等
の方を向いている.私が行くとメンバ−が寄ってきて話し続ける.ここに
日本人が来ることなんか無かったので、珍しく興味も有る.その日本人が
また、能天気で馬鹿だから彼等にとっては良い玩具なのかも知れない.
私も彼等の興味に大いなる興味が湧いて、共に遊びはしゃぎながら、意味、
内容、言葉が解かっても解からなくても一生懸命聞き取ろうと努力する.
それが彼等にとって聞き役と解され、O’Cに私の居場所が出来、みんな
と気持ちが融合する.
柄にもなく、たまに美い昼飯でもと思い妻に一寸習った料理を作るが、
何処か違う.何か入れ忘れたのと、数十人の分量での私の即席料理.
「美味だった、ありがとう」肩をたたいて囁いてくれる.
彼等の居場所は私の居場所.慈善も偽善もその意味すら考える事の無い私
のボランティア.

「息子が来るんだから休みを取ったら?」
「行かなければスタッフ一人で困るよ.メンバ−も当てにしているから」
O’Cの事情を知っている妻は気持ち良くOKの返事.
他のボランティアは二週間のOFF.

これを書いている最中に訃報のメ−ルが入り、気が動転して続きが書けな
くなった.小、中、高校と悪餓鬼の私を補佐?した心友.三日前に電話口
で笑った声が耳に残っている.苦しく悲しい.


 

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