私のボランティア NO23
 (雨の日に)   広瀬 寿武

 雨の日の患者の送迎は双方にとっても何かと不都合が多い.
 
 その日、風を伴う強い雨が枯れ葉を巻き上げるように、CFの玄関の緩い
スロ−プを駆け流れていた.
普段でも肩で息をしながらゆっくりと下りるAは、足下により一層の注意を
払い、それでも八時半の予約を気にして車に向かう.
「待ってよ、傘をさすから」私の差しかける傘を横目で見ながら「駄目だよ
そんな小さな傘は.役に立たないよ」「それでも無いよりいいよ」
だが、Aの頭だけを除いてでっかい胸の膨らみに、丸い肩に、ピラミッド型
の腰から下にも雨は叩き付ける.やっと少し軒の出た所で濡れた雨を払い、
車の中に用意して置いたタオルで拭い落としたが、私の倍以上の濡れ.
何時もと違い濡れたスカ−トで助手席に乗り込むのに、又一苦労.
(日本製 八人乗りの送迎車は車高が高い)
実に失礼とは思うが(謝罪心は十分に持ち合わせている)ピラミッド型の体
型は助手席の入り口を塞ぎ、おまけに体型に類似した足の部分を持ち上げる
のに難儀する.私が手伝い右足を車に乗せ、半分以上食み出たヒップを手で
押すがビクともしない.背中と言うより私のケツ圧で何とか押し込む.左足
を完全に乗せて終わりかと思ったが、どっこい、そうはいかない.
やっと回ったシ−トベルト、その受け口が見当たらない.大ヒップが両側に
食み出し受け口に届かないし、自分で処置出来ない.私の指が探り当て肉を
押し分け「これでOK!スタ−ト」
彼女はアルバニ−の高校の先生、二人の子供、生活の営みの風景から察する
ところ四十五歳位.七週間、乳癌の放射線治療のため私が担当するが、明る
く楽しい雰囲気に私自身が和み救われる.
病院までの車中、私に助けられやっと乗り込んだ自分の体型、体重を話題に
二人で手を叩いて笑う.
「Too much meat」
「Doesn’t matter.I like meat、Yes」  
信号待ちの間に下腹がズボンに被さった男が通った.
「私の方がmuch betterだ」「どこが、、、服を脱いだら同じで
はないか」腹の中で思ったが.
RPHの正面玄関で.Aを降ろす為に腋の下から背中に手を回そうと私の肩
をこじ入れたが、Aの肩こう骨の当たりまでがやっと.私の肩と腕はどこで
どうなっているのか.Aの乳房を支える肉か、腋の太さか、背中の肉のふく
よかさか.私の上半身に異様な暖かい空気袋が重さを掛け、丸太のような肉
塊が首を絞めた.
「息が苦しくて力が入らないよ−」
「Too much meat」Aの口から漏れた途端に腰から力が抜け、
反対に腹の底から笑いが噴き出した.万事休す!
病院の二人の助手に助けを求め、Aは「有り難う、迎えは何時?」と.
歩く後ろ姿に、土俵で勝った力士の誇らしく引き上げる姿が重なる.
見送る私も決して惨めではない.
次の患者を迎えに行く道を雨のリズムは続く.
ハンドルを握りながら「Too much meatか」独りでに唇が綻び
る.
講習の期間に色々な状況を想定し、対処の仕方を教育されたが、医療現場の
実践での対応は全く違うので、戸惑う事が多い.
患者の体型体重、性別、性格気分、衣服、その日の病状体調、気象条件、
それに私の気紛れな気分と不摂生がたたる体調(これは医療現場のボランテ
ィアでは有ってはならない、一番気をつけなければならないが、凡人にも及
ばない私の人間性には我ながら困ったものだと思う)等々で予測の付かない
事が起こり、即座に対処しなけれならない.
患者を乗せ送迎の責任を持たされたドライバ−の判断、行動が全て.当初は
緊張で背筋が痛くなる思いをしていたが、多くの経験が今の私を楽にする.
四年を越すボランティア実践の経験は、卓上の知識では得られない貴重なも
のだ.だからと言ってハンドルを持つ手の緊張感がラフになった訳ではない.
スピ−ドは50Km、黄色信号は完全停止、車間距離は十分に、前後左右の
確認(こんな事は運転の常識だが、通常の私は神風運転)と正に優良運転を
心がけているが、経験を積んだ気持ちが話題で、患者の気分を紛らわす余裕
も出来た.
適度な緊張の刺激は私のボケ防止に多いに役立っていると、実感する今日こ
の頃.ボランティアに感謝感謝!

もう五十年近くなる昔の事だが、中学、高校の頃に好んで見た外国映画の中 
での、女優のスタイルは素よりその醸し出す艶の美しさに憧れていた.
もちろん好きだったガ−ルフレンドは世界一奇麗だと思ってはいたが、夢の
世界はまた別.
夢と現実の違いをまざまざと感じたのは、就職し取材の助手として初めてア
メリカに出張した時.映画の中で華やいでいた麗しい憧れの女性は、それら
しい女性は確かにいたが、殆どの女性はでっかい腰を縦横に跳ね上げ、胸が
顔より遙に突き出し、堂々と歩いて優しい雰囲気を感じなかった.
男も、ただ気後れするばかりの図体.
「どうしてこんな大男の国と戦争したのだろうか.戦場で出会ったら身が縮
むのではないか」

O’Cでも精神障害を持つメンバ−の殆どは私を凌ぐ体型、CFでも男女を
問わず同じだ.
でっかい人達の中で小さな私が、冗談と笑いを、そして病の苦しさを労り、
自然の腹立たしさを露にボランティアを続けている不思議.   

 なんなんだろうかな!

FC、ガン患者をサポ−ト援助する公益法人.
O’C、精神障害者のサポ−ト援助を目的とした法人組織.
RPH、ロイヤル パ−ス ホスピタル.

  

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