「私とボランティア」   NO2   広瀬寿武

 

「おはよう」

「こんにちは」たった一つ知っている日本語で,一番早く来た多食いのHの返事.

その後に続くレディ−やジェントルマン.「おはよう」朝の体調はよろしい様で.

私が始めて一カ月めから,毎週水曜日はセンタ−の外に出るスケジュ−ルが組まれ,

私のボランティアに義務と責任が課せられた.

「どうして私の日なんだよ!」

「みんなトシを信頼して頼りにしている.人生経験も豊かで全体を見られるので私も 

助かる」とSWのP.言ってくれるよ!だが年の功を買ってくれたのだからと痩せ

我慢.三カ月分のスケジュ−ルと月一回のイベントの予定表が出来る.休む事を許

されない「義務と責任」.それに加えメンバ−を輸送するマイクロバスの運転資格

を与えられ,ボランティアの事務局と,センタ−を管理するWA政府の部局に登録

され,私の仕事に対する保障がなされ益々縛られ責任重大になる. 

 

時期を同じくしてもう一つのボランティアが始まったのは,それに輪を掛けた.

これはWA政府に由って直接運営されているCancer Foundation.

ガン患者のあらゆる問題を扱いサポ−トする協会.二週間の講習を受け面接試験に

合格して資格証を取ったら直ぐに,ボランティアを依頼され毎週木曜日が勤務?日.

この仕事については後日,詳細に記すが,年六週間の休日を取れる他は休めない厳

しいものだ.勿論,報酬等,交通費にいたるまで何もない.

O’CentreもCancerもボランティアの中では特殊かも知れないが,義務

と責任感がなければ出来ないし,続かない.自分の仕事だと気持も時間も,適当に

調整出来るのに,受けたボランティアは何が有ってもやり通さなければならない.

私の仕事や私事よりボランティアが優先する.書きたかった事はボランティアを

美辞麗句で語り名声を得ようとする人もいるが,そんな簡単な事ではない.

義務感,責任感,犠牲的精神を多大に要求される.

私自身ボランティアを通して多いに精神を鍛えられたのは間違えない.

 

さて元にもどってO'Centre,水曜日       

Perth駅前に有るArt GalleryとMuseumの見学?その後,

広場で昼食.

二十数人をSW一人と私で引率.内心「大丈夫かい?」不安が満ちる. 

どうして美術館なのか,本当に興味が有るのだろうか.数人を除いて,その日の

精神が安定しない状態で,静かに鑑賞する人達に迷惑を掛けないだろうか,

初めての引率にどきどきしたが,途惑いを見せるわけにはいかない.         

SWが先頭で私が最後尾,初めの十分,それでも見るでもなく一塊でぞろぞろ

付いて来たが,二十分も過ぎるとそれぞればらばらに動き出す.外へ出て行く者,

喫茶室を覗く者,ソファ−に寝転ぶ者.鑑賞していた人が「美術品にふれそうだから」

と私の胸に付けた名札を見て知らせてくれた.

「SWは何をしているのか」文句を言っている間はない.

一人一人集め「触れない様に」聞いているのか,いないのか.

「トシ,トイレは何処だ」一緒に連れション.「なんてこった」

「トシ,SWは何処だ」「探して来るから動かないで」

SWは数人を連れてのんびり?二階の奥で鑑賞中.

「みんな待っているよ」「次,Museumへ行くから待つように」

「自分で言えよな」階段を下りながら呟く.

四十分を過ぎるとみんな落ち着かなくなり,又動き出す.       

何となくざわつく態度が普通でないのを,静かに鑑賞する人達も気がついている.

迷惑にならない様に気を配るのが精一杯,絵を見る余裕なんか全く無い.

Jがぶつぶつ言いながら,寄り合って鑑賞している中年女性に近づき話し掛ける.

戸惑っているのが解かる「邪魔してすみません」

Jの手を引く私のボランティアプレ−トを見て「大丈夫よ,心配しないで.

出来る事が有ったら手伝うわよ」「ありがとう」「回りの人は理解しているから,

必要以上の気遣いは要らない.困る事が有ったら誰にでも声をかけなさい.

貴方は日本人?」

「そうです」「おはようございます」日本語に優しい労りが有る.

「こんにちは」「さよなら」

回りの目を気にしているのは私であって,回りは社会生活の生業を

自然に受け止め,特別に気にしている様子は無い.

メンバ−を社会環境に慣れさせるアクティブと一方からだけ見ていた,私の無神経

さを悟った.障害者が一般と同じ環境で生活する事は,障害者の気持を理解する

以上に,健常者の方が共に生きる知恵を教育される.脳味噌の片隅に有ったものが,

経験と共に蘇った.こんな当たり前の事に意識が行かない,いや当たり前過ぎて,

反対に無神経になる事が多く有る.無神経と自然の営みとの違いを論ずる気は無いが,

オ−ストラリアでは理屈や思考と無関係に,自然な人間の関わりが構築されているのに

気ずく.ボランティアの根源が生活の基礎になっているのかもしれない.

ボランティアを意識するでもなく,ボランティアが日常の中に優しく息をしている,

ボランティア先進国.

私のボランティアは何だろう?

私の出来る事で人の役に立のならと思うが,何処かで自我の心理が顔を出す.

うぬぼれ,自尊心,人目を気にする私のボランティア.

「トシ,喉が乾いた.飲み物が欲しい」「OK,一寸待ってよ」

心の葛藤が思い出の笑いに溶ける日,私自身そんな日を期待して,紙コップを配り

ポットに入れて来たジュ−スを注ぐ.

「有り難う」「他には無いのか?」「腹がへったよ」

「OK,外に出て見るか」みんながぞろぞろ私の後ろに付いて来る.

太り過ぎのMとTとの間で腕を組,太陽を浴びる.

「トシ,潰すぞ!」「助けてくれ!」

メンバ−のみんなが私の心に,目に見えない喜びを教えてくれる.

                                                          

  充足した一日の酒のうまさ!

 

(注,SWはソ−シャルワ−カ−)

 


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2001/05/07 (月) 寄稿