私のボランティア NO18   
   無意識の意識

 Whale watchingの時期になり、O’C(精神障害者
サポ−トセンタ−)では、精神的体調の安定したメンバ−(患者)40人
ほど連れ、SW(ソ−シャルワ−カ−)2人、V(ボランティア)私1人
で、9,30am、Hillarys Boat Harbourを出港.
 実はこの予定日をすっかり忘れ、のんびりと犬の散歩をしていた私を
追い掛けて来た妻が「Mから電話・・・8時までに・・・忘れていたの!
無責任な・・」
一台のマイクロバスのドライブは私の責任.最近、物忘れが激しく笑い事
では済まされない現実に背筋が寒くなる.朝飯どころか気象の状況も気に
する余裕も無く、半袖半ズボン、サンダルのまま0’Cへ急いだ.

 船に乗った途端、軽装の隙間を海風が容赦なく入り込む.「寒い」感覚
が「忘れていた軽率さ」に罰を伝える.
メンバ−の服装は季節に関係なく、年中ほとんど変わらない.敢えて探せ
ば厚手のセ−タ−が薄手になった位で、皮ジャンもジ−ンズも同じ.
「トシ、皮ジャン貸そうか」「ありがとう」Eの心遣いを素直に受ける.
そうする事がメンバ−との仲間意識と信頼関係を築く、大切な事なのだと
三年間の経験が無意識に働く.罰を受けた私の心身を温かく包んでくれた
有り難さは、無意識の意識の中で育む.
O’Cのボランティアを初めてから時折、四十五年も昔、大学で心理学の
教授の講義が面白く「無意識」の「意識」を発見したジ−クムント・フロ
イトに興味を持ったのを思い出す.
精神分析の父と言われるフロイトの理論がO’Cのメンバ−と共にいると
実践的な中に蘇る.
秘める心の深層、その闇、そこに閉じ込められた悩み苦しみ、欲求、欲望
等、これらと関係する無意識な行動とのメカニズム.
これは仮定だが、Eが「貸す」と言う行為を無下に断る事は、仲間意識の
影の部分に潜む同一化(その原動力は愛の種類とフロイトの理論)を拒否
する.これは又ただの「劣等感」とは違う、ユングの発見した
「コンプレックス」のメカニズムや、ユングが生み出した心理学的用語の
厳密な定義付けされた「内向的」「外向的」と関係して来るように思う.
元に戻って、私の「忘れた」失敗の罪も「精神病理的」な無意識の現れで
はないか.
O’Cのボランティアは自分自身を見つめている、無意識の意識に他なら
ない.
O’Cのメンバ−の中にには大学で幾つも学位を取り、治療現場で献身的
にSWの仕事をしていたセラピストがいる.
これは「自分がしなければ、この人達のために」と自己陶酔が興じて過剰
な献身へ向かわせ「共依存」に陥った興味ある例.
私のボランティアも又自己陶酔なのか?心理学的、精神分析をして心にメ
スを入れ、人の心と関わる術を学び直さなければ、私のボランティアの中
で人の心のきずを癒すことなぞ出来るはずがない.だが、明日も又、CF
(公的機関の関わるガン患者をサポ−トする社会事業財団)でドライバ−
のボランティアをする.いったいこれは何なんだろう.
毎日、大小の差は有れ失敗の山を築きながら、その失敗を無意識にしてし
まう.無意識から送られて来る意志は微妙に失敗をコントロ−ルする.
フロイトは「錯誤行為」と呼んでいた様な気がするが.
私のボランティアがメンバ−の心を癒す助けになればと、勢い込んでやっ
ている訳ではないが、煩悩の塊が無意識に私をコントロ−ルする.
「私のボランティアと自我」私の存在を一個の人間として無意識に確立す
るための言動が、はたして純粋なボランティア精神なのだろうか.
「無念無想」の境地、仏の精神を得る術でも教えてくれないだろうか思う.

船はクジラの出現を求め小一時間、風と大波に立ち向かい目的のポイント
を目指す.だが既にそこここで船酔いが始まり、袋を口に当てる者、トイ
レ、デッキから顔を突き出す者、床に転がる者、見るに忍びないがどうに
もならない.一番始めに床に転がって「ゲ−ゲ−」と苦しんでいるSWの
PとJに「海の予報を調べたのか」「船長が大丈夫だからと・・・」
「クジラが見えたぞ−」キャナピ−で船長が叫ぶ.二三人が縦横に揺れる
フロントデッキへ、やっとの思いで.
見えたのは膨張した波の頂上、波間を登った時にはクジラは海深くへ.
エレベ−タ−の上下に似た動きに、三半規管が平行感覚を失った(私とB
を除く)全員.私はクル−ザ−が趣味.日本では自分の船で三宅島、伊豆
半島、駿河湾等、ここでもロットネス、ミンダリキ−と三十年以上の経験
が有るので少々の事では酔わないが、吐いている様子や臭いでの苦しさを
押さえ、介抱に気を配る.
Bは「トシ、腹が減った、何かないか?」水やジュ−スは底を突いた.
「ビスケットが有るよ!」「それをくれ」呆れて腹も立たない.
悪戦苦闘したのは、結局、船酔いしない私だけ.三年間同じ行事をして来
たが今年の海には「ほとほとまいった!!」

CF、朝八時半、四人を乗せ予約したそれぞれの病院へ.
カラ−サから来たS、ジェラルトンのL、アルバニ−からはMとP.
北と南.Sが「エアコンを入れて」Mは「フレッシュエア−が良い」  
南のカラ−サは既に40度を越す暑さ、アルバニ−は20度に満たない.
「OK」25度にエアコンを設定、窓を5センチ程開けて走る.
文句を言わせない.ボランティアとは言え、車の中では私がボス.
実に良い気分、今日は「らんらん」と行けそう.
治療とDrとの面談を終わったSを乗せた途端、泣き出す.
「どうした」「トシ、家に帰れると思っていたのに・・」
それ以上聞く必要はない.病状が(ガンの進行)悪化したのだろう.
三年の間、こんな場面に、何度、直面したか.不安と恐怖、失望が充満し
ている患者に言う言葉は無い、無いのだ.震える彼女の手を強く握り、
同じ人間の心を伝えるのが、私に出来る精一杯の行為.   
カ−ラジオから六十年代のジャズが流れ、洩れる様に口ずさんだ私に合わ
せ、Sの指が心成しかリズムを刻む.彼女の顔を見ることが出来ない私.
車の中で二人にだけ通じる一瞬の気持ち.

 無意識と言う意識が存在しているんだよナ.

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